これまでの人工歯は、咬合器上で特定の顆路角を中心とした動きにより人工歯の咬頭傾斜や咬合面形態が決められていることが多いように思われる.特に解剖学的形態をした人工歯には、加齢現象に伴う歯の咬耗や下顎の可動域の増大および顎提の吸収などは配慮されていない.まして,高齢者における顎関節の下顎頭は変形や吸収などが著しく,また非対称的な形態や大きさを有することも多い.したがって,顆路角を中心とした人工歯の咬合面形態の付与形式では、加齢によって生ずる生体現象が配慮されているとは言い難い.そこで、我々は加齢現象としての要件を咬合面形態に与える基準として,まず矢状顆路角を0度に設定した.そして今回は矢状切歯路角を10度に側方切歯路角を15度に設定し、上顎のスピーのカーブを呈する56の舌側咬頭頂によって下顎56の咬合面を形成した.基本的形態として、上顎は天然歯に近い準解剖学的形態を有し、下顎は非解剖学的形態で無咬頭である.
1) 上顎の頬側咬頭は解剖学的に近い形態を有するが,舌側咬頭の形態は顎提の吸収状態にあわせて適合しやすい様に,また下顎が円滑に動きやすい様に,そして咬合力が無駄なく発揮できる様に球面状形態を与えた.そして,配列時に左右対称性が得られ易くするため上顎の56は連結されている.また56の咬頭頂は咬合平面より少し挺出しているために,舌側咬頭頂を連ねるラインはスピーのカーブを呈する.
2) 下顎の咬合面形態は基本的にすべて無咬頭に近い平面状を呈しているが,56のみが機能時に上顎の56舌側咬頭と対咬接触するよう咬合様式を与えてあるため咬合面に皿状のくぼみ(ファンクショナル・ゾーン)を有しさらにその近心部にはブレーシング・イコライザーを付与している.47は中心咬合位以外には接触しないために平面状である.
3) 上下顎の対咬関係は一歯対一歯の関係にあり、また、中心咬合位においてはすべての上顎臼歯の舌側咬頭(機能咬頭)のみが下顎と接触し56は cusp to fossa,47は cusp to flat を呈する.また咬合面は機能時にも義歯が安定し易いように,リンガライズドオクルージョン(両側性平衡咬合)ができる形態を有している.その誘導面となる56のファンクショナルゾーンはパワーゾーン上に配列された56の舌側咬頭により形成されているのため,咬合様式はいわゆるパワーゾーン・リンガライズド・オクルージョンである.